繁栄の法則
今日の大朝は午前中は纏まった雨が降ったが午後からは晴れ。蒸し暑い。この夏は安定した天候であったがここに来て雨が続く。稲刈りの始まりが近くなり皮肉さを感じる。先日上京した折、一冊の本を紹介していただいた「繁栄の法則」北川八郎薯(知致出版)である。大手自動車会社の幹部全員に配布されたと言う事である。早速買い求め読んでみた。当たり前のこと、大切なこと、忘れていることとわかりやすく書いてある本である。「正にそのとおりと納得すると共に実践の難しさを痛感する。」管理監督職に配布した会社があると聞いたがトップが何を伝えたいのかよく理解できる。「人間力の必要性」このことを伝えたいのでであろう。
私は会社で小さな変なことにこだわっている。「トイレ」である。自分が用を足した時の後始末をきちっとしましょう。もし誤って汚したら自分で綺麗にしましょう。と言うことである。誰も見ていない個室、誰にもわからない、小さな開放感、例え汚してもトイレ掃除がやってくれる。大半がこんな気持ちではないだろうか。
昨年よりは見違えるように変化はしているがまだまだである。ちょっと大げさかもしれませんが会社の実力のバロメーターであると考えています。完璧になれば、会社の業績も随分上がると思います。
「トイレ」だけのことではないあらゆる行動に当てはめれば見違えるような大きな変化が起きるのではないだろうかと思う。乱世の今、出来ないことを計画したり、やりもしないことを言うだけではなく、自らできることをすることは必須である。その一つに、この「トイレの後始末」小さな実践で個々が変化すれば家庭も変わり、集団も変わり、町もと・・、水面の輪が広がるように変化していくと期待している。
「繁栄の法則」自らを当てはめ読んでみられてはいかがでしょうか。
稲刈りシーズン
台北県桃園の食堂に展示、「風車」と書いてあった。
今朝の大朝は曇り、考えられない猛暑だったこの夏も盆過ぎから一転し、夜や朝は肌寒さすら感じるようになった。ふと田んぼを見ると稲穂が頭を垂れ、色好きはじめてる。隣の島根県の邑南町ではすでに稲刈りが始まっている。大朝も今週末頃から始まると思う。実りの秋、同時に神楽のシーズン到来。五穀豊穣を祝う神事も現在では当地のなくてはならぬ伝統芸能として盛大に受け継がれている。まず、今週末、8/30は田原温泉で9/6は鳴滝温泉で優秀神楽団を集めての共演がある。9/27は私の地元の大塚奉納神楽が大塚小学校で開催される。これは一例で今週末から郡内どこかで必ず上演している。
ぜひ週末は北広島町ヘおいでください。
スケールの違い
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今朝の大朝は晴れ、夜がめっきり涼しくなってきた。ロス時間19日午後4時45分、昨日の同時間、写真のようなスコールがあった。今年の特徴であるが、かつて見たことのない短時間ではあるが豪雨が降る。大学4年の娘が8/17から約1ヵ月間、短期留学でロスアンゼルス行っている。「費用は出世払いで払うから」とインターンシップで老人施設、障害者施設の勉強に1人で渡米していった。親の心配は省みず・・。ホームステイ先から施設までは1時間位かかるらしいがバスに乗り通っているらしい。
今日で3日目で有るが「ハーィ」この調子でメールが入ってくる。誰に似たのか順応性がよすぎる。
初めてのアメリカ大陸、第一印象は「兎に角、何もかもが大きい」この一言であった。日本の閉塞感とは真反対だと推察する。短期間ではあるが「自分でそのスケールの大きさを体感する。」その尊さは娘の将来に大きく寄与するものだと思う。また、日本の良さも再認識するはずである。
初孫
今朝の大朝は晴れ、今日も暑い。北京オリンピックも熱戦が繰り広げられている。今朝、5時過ぎに長男に男の子が誕生した。母子共に元気ということで安心した。切迫流産の恐れが有るため約3か月入院生活、母親は大変辛い思いをしたと思うが元気に誕生してその思いも一新したと思う。私にとっても初孫、まだご対面していないので実感はわかないが想像はつく。
今日は「ガンバレの日」昭和11年の8月11日、ベルリンオリンピックで水泳200m平泳ぎで前畑秀子さんが優勝した日。ラジオ中継で「ガンバレ」を連呼した事からつけられ、今日に至っている。
孫誕生の日は「ガンバレの日」。3カ月もの入院、身内は「頑張れ」と祈っている事しかできなかったが何か運命的な感じがする。
古文書 解読
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今日の大朝は晴れ、猛暑。夕立が来そうで雷が鳴り始めている。大朝に「長田姓」が3軒ある。我が家は110年前頃、出家として建てられ今日まで至っている。勿論、本家はある。と言うことで3軒ある内の2件は親戚であるがもう一軒は良く解らないまま今日まで来ていた。先週、親戚ではないおじさんが、和紙に書いた文書を持ってこられ、これに何か「関係が書いてあるのでは」と我家に持ってこられた。ところが、文政六未年、寛政七卯年と書いてあり、私には解読不可能である。広島県立文書館に問い合わせたら、持って来てみなさいということで、持参し解読していただいた。180年前に親戚づき合いしていなかった家から出て、今日の本家を造られていることが判明した。細かなことはこれから紐どいていくにして、「記録」の必要性を痛切に感じた。また、「和紙、墨」保管状態にも関係するのだと思うが実に素晴らしい素材である。とても180年前の物とは思えなく鮮明である。
古文書を紐どき、200年前の生活も文化も環境も計りしきれないが栄枯盛衰「永代継承する難しさ」を感じると共に「協働」して生き続けている様の尊さを感じざるを得なかった。長い年月、受け継ぎまたまた今、自分がいるが、改めて先祖に感謝すると共に身の引き締まる思いもある。ともあれ、解読できなくては始まらない、文書館の方、ありがとうございました。
寛政七卯年(1795年) 文政六未年(1823年)
東京
大朝は本日も30度を越え猛暑である。昨日は上京し、取引会社との打ち合わせを行った。山手線、中央線、総武線と慣れない交通手段で何とか目的を達した。個々の会社の実情は上場企業でもやはり現実の流れに沿って来ていることを実感した。ただ、余りにも東京集中している為、地方との格差は雲泥の差が有る。政局も企業も全て東京中心の発信にならざるを得ない状態である。新幹線にしろ、飛行機にせよ多くの人が中央へと移動している現象もうなずける。昨日、打ち合わせをしていたら社長が入ってこられた。上場企業でとても私らが会える人ではないが、主要工場が山口にあり、工場長時代に懇意にしていただいた方である。その後東京本社で専務、社長と現在に至っておられる。4年ぶりで本当に懐かしくつい話に花が咲いた。社長曰く「東京は便利が良すぎて、長くいれば変になってしまう。」(これが当たり前になってしまう。五感の精度が悪くなる。・・意)その社長は大朝と比較で話していただくのでインパクトは有る。陸の孤島の大朝でなくても広島と比較しても意味は十分理解できる。「大手も中小企業のハングリーがないと駄目になる。」力説されていた。社員の方も引き締まって聞いておられた。東京のど真ん中で「大朝・大朝」と言ってもらえるので宣伝にはなるが周りの人はどんな所かさっぱり分からないので気の毒であった。社長と私で盛り上がっていたような気がする。(空気が読めずごめんなさい。)
話は変わるが都内も連日、亜熱帯風の豪雨に見舞われており、随所に痕が残っている。
昨夜は大朝が豪雨と雷が大変であったようである。会社の構内も大雨の痕が残っている。何もかもが異常事態である。